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熊本地方裁判所八代支部 昭和59年(ワ)105号 判決

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  申立

(請求の趣旨)

一  被告らは各自、原告に対し、金一〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から完済まで年五分の割合による金銭を支払え。

二  被告日本共産党水俣市委員会は、その発行する判決確定後の最新の新水俣に、五号活字で、別紙目録一記載の文章を一回掲載せよ。

三  被告日本共産党中央委員会は、その発行する判決確定後一〇日以内の日刊赤旗全国版に引続き二日間、同評論特集版に一回、縦三センチメートル、横二センチメートルの大きさの原告の写真を掲載したうえ、五号活字で、各々別紙目録二記載の文章を掲載せよ。

四  訴訟費用は被告らの負担とする。

五  一につき仮執行の宣言

(請求の趣旨に対する答弁)

主文同旨

第二  主張

(請求の原因)

一  当事者

1 原告は自身水俣病患者であり、水俣病患者連盟会長、財団法人水俣病センター相思社理事長、水俣市議会議員の地位にあり、水俣病患者の救済のため努力してきた者である。

2 被告日本共産党水俣市委員会(以下「水俣市委員会」という。)は「新水俣」を編集発行している者である。

3 被告日本共産党中央委員会(以下「中央委員会」という。)は日刊紙「赤旗」及び「赤旗評論特集版」を編集発行している者であり、被告丸山和彦(以下「被告丸山」という。)は赤旗評論特集版の記者である。

二  被告らの違法行為

1(一) 被告水俣市委員会は、一九八三年(昭和五八年)一一月二七日発行の新水俣紙上に、「川本グループは、被害者救援を唱えながら、水俣病患者運動に一層の分裂と混乱を持ち込もうとしています。」との記事(以下「新水俣記事」1という。)及び「暴力革命路線の顔としての役割を果たしているのが川本です。」との記事(以下「新水俣記事」2という。)を掲載報道した。

(二) 新水俣記事1は、原告の敬称を用いないのみならず、原告があたかも水俣病患者の救済を妨害し、いたずらに水俣病患者救済運動に分裂と混乱をもたらしているかのような印象を不特定多数の読者に与えるものである。

新水俣記事2は原告の敬称を用いないのみならず、原告があたかも暴力革命路線を賞揚あるいは慫慂しているかのような印象を不特定多数の読者に与えるものである。

2(一) 被告中央委員会は、一九八三年(昭和五八年)三月一二日発行の赤旗評論特集版「ミナマタを暴力路線の舞台にさせてはならない。」の記事中に「暴力闘争路線に水俣病被害者運動を引込むための顔、シンボルの役割を果たしているのが、水俣病患者連盟会長の川本輝夫氏です。」との記事(以下「赤旗評論特集版記事1」という。)、「住民の利益を代表するかのように装って議席を得ましたが、そのバケの皮はいずれ自分ではがすことになるでしょう。」との記事(以下「赤旗評論特集版記事2」という。)及び「水銀ヘドロ処理そのものに反対し、広範な被害者、住民の安全かつ早期の環境復元という要求と運動に逆行する言動をとってきました。」との記事(以下「赤旗評論特集版記事3」という。)を掲載報道した。

(二) 被告丸山は赤旗評論特集版記事1、2、3を執筆した記者である。

(三) 赤旗評論特集版記事1は、原告の属する水俣病患者連盟及び原告自身が水俣病患者(被害者)の運動に暴力的手段を慫慂し、暴力闘争崇拝者のような印象を不特定多数の読者に与えるものである。

赤旗評論特集版記事2は、原告が昭和五八年四月施行の水俣市議会議員選挙において、水俣市民を欺き虚偽の言動をもって議員に当選したかのような印象を不特定多数の読者に与えるものである。

赤旗評論特集版記事3は、原告の敬称を用いないのみならず、原告があたかもあくまでヘドロ処理反対の首謀者であるかのような印象を不特定多数の読者に与えるものである。

3(一) 被告中央委員会は、一九八三年(昭和五八年)六月一四日発行の日刊紙赤旗紙上に、「彼は全国各地の公害・環境破壊に反対する住民運動に反共主義を持込むために動きまわり、日本共産党糾弾の集会、デモの先頭に立ってきました。」との記事(以下「赤旗記事」という。)を掲載報道した。

(二) 赤旗記事は、原告があたかも反共主義の考え方を普遍化するために全国を動きまわっているかのように、また公害・環境破壊に反対する住民運動を反共主義運動の場に利用しているかのような印象を不特定多数の読者に与えるものである。

三  被告らの責任と原告の損害

以上の新水俣記事、赤旗評論特集版記事及び赤旗記事は、各記事個別に、または各記事が相俟って、何ら事実に即しないで、原告を誹謗中傷し、被告らの主観的意見憶測を交え、他の記事と併記することにより、不特定多数の読者に、原告が水俣病患者(被害者)らの運動と団結を妨害し、救済を遅らせ、暴力革命を使命として暴力闘争を常套手段としている人物であるかのような、あるいは水俣湾のヘドロ処理にあくまで反対し、自然復元に全く努力しない人物のような、また徹底した反共主義者のような印象を与え、原告の水俣病問題についての言動の信用性、説得性を失墜し、原告の人格と名誉を著しく毀損し、併せて原告の親族、友人、支援者らに多大の迷惑を及ぼし、ひいては原告に莫大な精神的打撃を与えた共同不法行為に該当する。

四  結び

よって、原告は被告ら各自に対し右共同不法行為に基づく損害賠償として金一〇万円及びこれに対する右不法行為の後の訴状送達の日の翌日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるとともに、被告水俣市委員会及び被告中央委員会に対し請求の趣旨記載の各謝罪広告の掲載を求める。

(請求原因の認否)

一  請求原因一の各事実は認める。

二  同二1(一)、2(一)(二)、3(一)の各事実は認める。

同二1(二)、2(三)、3(二)の各事実は否認する。

三  同三の事実は否認する。

〈以下略〉

第三 証拠〈省略〉

理由

一  当事者

原告が自身水俣病患者であり、水俣病患者連盟会長、財団法人水俣病センター相思社理事長、水俣市議会議員の地位にあり、水俣病患者の救済のため努力してきたこと、被告日本共産党水俣市委員会(「水俣市委員会」)が「新水俣」の編集発行人であり、被告日本共産党中央委員会(「中央委員会」)が日刊紙「赤旗」及び「赤旗評論特集版」の編集発行人であること及び被告丸山和彦(「被告丸山」)が赤旗評論特集版の記者であることは当事者間に争いがない。

二  本件各記事の掲載報道

被告水俣市委員会は、一九八三年(昭和五八年)一一月二七日発行の新水俣紙上に「川本グループは、被害者救援を唱えながら、水俣病患者運動に一層の分裂と混乱を持ち込もうとしています。」との記事(「新水俣記事」1)及び「暴力革命路線の顔としての役割を果たしているのが川本です。」との記事(「新水俣記事」2)を掲載報道したこと、被告中央委員会は、赤旗評論特集版の記者である被告丸山の執筆により、一九八三年(昭和五八年)三月一二日発行の赤旗評論特集版「ミナマタを暴力路線の舞台にさせてはならない。」の記事中に「暴力闘争路線に水俣病被害者運動を引込むための顔、シンボルの役割を果たしているのが、水俣病患者連盟会長の川本輝夫氏です。」との記事(「赤旗評論特集版記事1」)、「住民の利益を代表するかのように装って議席を得ましたが、そのバケの皮はいずれ自分ではがすことになるでしょう。」との記事(「赤旗評論特集版記事2」)及び「水銀ヘドロ処理そのものに反対し広範な被害者、住民の安全かつ早期の環境復元という要求と運動に逆行する言動をとってきました。」との記事(「赤旗評論特集版記事3」)を掲載報道したこと、被告中央委員会は、一九八三年(昭和五八年)六月一四日発行の日刊紙赤旗紙上に、「彼は全国各地の公害・環境破壊に反対する住民運動に反共主義を持込むために動きまわり、日本共産党糾弾の集会、デモの先頭に立ってきました。」との記事(「赤旗記事」)を掲載報道したことは当事者間に争いがない。

三  原告の水俣病問題に対する取組みの概要、本件各記事と名誉毀損成否の判断方法

原告は水俣病問題をめぐる本件各記事の掲載報道をもって原告の名誉殊に原告の水俣病問題についての言動の信用性、説得性を毀損する不法行為である旨主張するので、先ず原告の水俣病問題に対する取組みの概要を把握し、ついでそれとの関係で名誉毀損成否の判断方法について検討する。

1  原告の水俣病問題に対する取組みの概要

〈証拠〉によると、原告は自身水俣病患者として病気と闘うとともに、昭和四三年九月ころから水俣病問題に関与し始め、自主交渉派のリーダー、水俣病患者連盟会長、財団法人水俣病センター相思社理事長、水俣市議会議員等として現在まで一貫して主として未認定患者、潜在患者の発掘、認定、救済問題等に努力を傾注してきたこと、殊に水俣病認定棄却処分の取消を求める行政不服審査請求に対する昭和四六年八月七日の環境庁長官の裁決及び同日付環境庁事務次官通知(「公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法の認定について」)(「旧事務次官通知」)を引出すことに大きく寄与したこと、これはその後の水俣病患者認定救済の幅を大幅に拡大し促進することにつながったこと、その他、昭和四八年七月九日の水俣病患者東京本社交渉団とチッソ株式会社との間の補償協定書の締結支援、水俣病被害者補償金内払請求仮処分申請事件の支援、多数の未認定患者の認定申請手続きの援助、行政不服審査請求患者の代理人としての活動、不作為の違法確認訴訟、不作為の違法に係る損害賠償請求訴訟等への関与等、水俣病事件史の節目節目で行動してきたことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

2  本件各記事と名誉毀損成否の判断方法

原、被告ら双方の主張を仔細に照合するとともに、弁論の全趣旨によると、原告の右の行動とは別に、原、被告(あるいは日本共産党)ら双方の間には、水俣病問題に対する認識、解決方向、方針、その手段、殊に取組み方等に大きな差異があることが認められ、そこから互いに他者に対する膨大な不信、批判、非難、論争を生み出していること、本件各記事もその一環であることが認められる。更に、弁論の全趣旨によると、原告は水俣病患者個人であるに止まらず、水俣病患者連盟会長、財団法人水俣病センター相思社理事長、水俣市議会議員等の公的地位にあって幅広い活動をしていること、またそこに止まらず水俣病問題に深く関わりを持つにつれて自ずと広く社会問題等にも関心を抱くに至り幅広い社会的発言をしていること、そのため原告が好むと好まざるにかかわらず、また原告が知ると知らずにかかわらず、更には原告がひとつひとつについて責任を負担すべきか否かにかかわらず、原告を支持、支援する団体や運動体及び原告が支持、支援、共感する団体や運動体の行動、意見表明、日本共産党に対する不信、批判、非難、論争も、それが被告(あるいは日本共産党)らの行動、意見表明等と相違している場合には、原告がそれら団体や運動体の一時期、一局面に関わりを持っていたに過ぎない場合であっても、それらが被告(あるいは日本共産党)の対局にあるものとして、いわば「原告側の行動、意見表明等」として「機能」しているために、原告もその団体や運動体の一員として不信、批判、非難、論争の相手方、対象とされてきたことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

そこで、水俣病問題をめぐる本件各記事の掲載報道が原告の名誉を毀損する不法行為を構成するかを判断するにあたっては、本件各記事が掲載報道されるに至った経緯、背景等をそれらの団体や運動体の行動、意見表明等を含めて検討し、その流れの中で不法行為の成否を判断することになる。

四  本件各記事に至る経緯

〈証拠〉によると、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

1  水俣病の発生、被害の重大性、水俣病運動の複雑性

水俣病は昭和三一年五月一日公式発見され、政府は昭和四三年九月二六日水俣病を公害病と認定した。水俣病はチッソ株式会社水俣工場が水俣湾等に排出した排水中に含まれていた有機水銀を原因物質として発生した。水俣湾等に排出された膨大な量の水銀は地域住民の健康を侵し、周辺地域の漁業及び産業発展を阻害する要因となり、巨大な環境破壊、人体被害の重大な原因となったものである。水俣病被害の実態は、その被害の悲惨さ、深刻さ、深さ、広さ、被害期間の長さ、病像の多様さ、病像把握の困難さ、訴訟の困難さ等においても未曾有のものである。昭和四四年六月提起に係る水俣病第一次訴訟についての熊本地方裁判所の昭和四八年三月二〇日の判決によりチッソの加害責任が確定し、同年一二月二五日までにチッソと被害者団体との間で補償協定が締結され、行政による水俣病認定と水俣病患者に対する補償制度が連動することになり、そこから水俣病患者集団も認定患者、未認定患者、認定申請患者、不顕性患者等必ずしも利害の一致しない多様な集団を生み出し、水俣病問題の取組み方等の水俣病運動をますます複雑にして行った。

2  水俣病をめぐる各組織、団体、「日本労働党」、「左翼連合」

こうした中で、昭和三二年八月「水俣病患者家庭互助会」、昭和四三年一月「水俣病対策市民会議(会長日吉フミコ)」、昭和四四年四月「水俣病を告発する会(会長本田啓吉)」、同年五月「水俣病訴訟支援・公害をなくする熊本県民会議」(「県民会議」)、昭和四八年一月「公調委の反動的調停粉砕・欺瞞的判決粉砕行動委員会」(「行動委員会」)、同年五月「水俣病被害者の会」、昭和四九年四月「水俣病センター相思社」、同年八月「水俣病認定申請患者協議会」(「申請協」)等の水俣病問題に取組む多数の組織、団体ないし運動体が結成された。「水俣病患者家庭互助会」は昭和四四年四月に「一任派」と「訴訟派」に分裂し、その後多数の患者団体を派生している。また、昭和四九年一月「日本労働党」、昭和五三年六月「左翼連合」が結成されている。

3  「県民会議」と「告発する会」の当初の関係

昭和四四年六月の水俣病第一次訴訟提起をひかえ、昭和四四年五月に、水俣病訴訟の支援と公害の根絶を共通の目的として、熊本県内の水俣病患者、労働組合、日本共産党、日本社会党、各種団体、医師、弁護士、個人等が結集して、「水俣病訴訟支援・公害をなくする熊本県民会議」(県民会議)が結成された。日本共産党はその有力な構成員である。昭和四四年四月に結成された「水俣病を告発する会」も当初「県民会議」に参加していた。

4  「告発する会」等の行動

(一)  「告発する会」の会員は、水俣病「一任派」患者が厚生省水俣病補償処理委員会に求めていた補償の斡旋に対し、昭和四五年五月二四日同委員会から補償金額の斡旋回答がなされるに際し、「低額補償」につながる等として、厚生省、チッソ本社に乱入する等の行動をした。

(二)  「告発する会」の会員は、チッソ株式会社の株取得運動を展開し、昭和四五年一一月二八日及び昭和四六年五月二八日開催の各株主総会に患者と共に出席し、チッソを追及した。

(三)  「告発する会」の会員は、昭和四八年三月一二日、日本共産党を非難するとともに、「県民会議」における日本共産党の指導権及び弁護団の介入の排除を主張し、原告川本らと闘ってきた「自主交渉闘争路線」こそ水俣病問題に取組む正しい路線であるとして、「自主交渉闘争路線」の堅持を訴え「県民会議」から脱会した。

(四)  「告発する会」の会員は、「自主交渉闘争路線」を主張し、「裁判闘争」は低額補償につながるとして反対し、昭和四八年三月二〇日の水俣病第一次訴訟判決当日、弁護団や「県民会議」の会員に暴力を振い、裁判所への入廷を阻害し、「県民会議」が計画していた「判決当日のチッソ本社包囲行動」等の「行動計画」に反対し、判決後の同月二二日の東京におけるチッソ本社との「判決を受けての交渉支援集会」に参加しようとする弁護団や「県民会議」の活動を阻止しようとした。

(五)  「告発する会」の会員は、「県民会議」の運動に対し、日本共産党の主導によるものとして攻撃し、昭和四八年一月には「公害等調整委員会及び裁判所も加害企業及び権力側を利する機関である」として、「裁判闘争」に反対し、「公調委(公害等調整委員会)の反動的調停粉砕・欺瞞的判決粉砕行動委員会」(「行動委員会」)を結成し、「自主交渉闘争」の貫徹をめざすとして行動してきた。

(六)  水俣病認定申請患者協議会(申請協)は「熊本県公害被害者認定審査会」(「認定審査会」)の審査業務及び県知事の認定業務に関し、昭和四九年九月六日午後一時三〇分から同月七日午後五時三〇分まで二八時間にわたり熊本県と交渉した。右交渉には原告他「告発する会」も参加していたが、交渉を支援していた「告発する会」会員らは、熊本県の担当者に対し、暴力行為を行った。「告発する会」はこの交渉を経て、認定審査会の構成が不公正であるとして、「認定審査会粉砕」の主張をするに至った。これに対し「裁判闘争路線」を主張する日本共産党らの支援する「水俣病被害者の会」の会員らは「認定審査会の早期開催」「認定促進」を主張していた。

(七)  「申請協」は熊本県による昭和四九年一一月八日の認定審査会の開催に際し、「認定審査会解散」の申入書を提出し、「告発する会」は実力で認定審査会の開催を阻止し、流会させた。また、「告発する会」「申請協」は昭和五〇年五月二三日の「認定審査会」の開催に際し、「認定審査会解散」を主張し実力で開催を阻止しようとし、原告は入場する認定審査委員に公開質問状を渡す等の活動をしている。

(八)  昭和五〇年八月二三日、原告・「申請協」「告発する会」は、認定審査会の会場で、会場入口に配置されていた県職員を実力で排除して会場内に入り、審査会を中断させた。

(九)  熊本県は、「認定審査会粉砕」の主張をする原告「申請協」「告発する会」等の一方の患者団体、支援団体の要求と「認定審査会の早期開催」「認定促進」を主張する「水俣病被害者の会」等他方の患者団体の要求の中にあって、長期間にわたり「認定審査会」を開催できなかった。

5  ランク付委員会についての対応

水俣病患者団体とチッソとの間の補償協定に基づき、昭和四八年一二月四日、「水俣病患者補償ランク付委員会」が発足したが、「告発する会」の会員らは、ランク付委員会事務局や同委員長宅前等に座り込む等したため等もあって、昭和五〇年六月九日委員全員の辞任に追込まれ、同委員会の機能が停止し、多くの水俣病患者ランク付が停滞した。このため、水俣病認定患者の一部は公害等調整委員会にランク付の申請をしている。

6  ヘドロ処理事業についての対応

「告発する会」は、熊本県の行う水俣湾ヘドロ処理事業を「二次公害発生のおそれのある危険極まりない人体実験工事」であるとし、かつ「水俣病事件史のひとつの巧妙な幕引き策動」であるとして、右ヘドロ処理事業に反対してきた。原告は、右ヘドロ処理事業計画は極めて杜撰で安全性に疑問があるとしてこれに反対し、右工事差止仮処分申請の債権者の一人となっている。

被告(あるいは日本共産党)らは、原告及び「告発する会」の水俣湾ヘドロ処理事業に対する対応は事実上「水銀ヘドロ処理」そのものに反対するに帰するものであり、広範な被害者、住民の「安全かつ早期の環境復元」という要求と運動に逆行する言動であると批判し、「実験工事による安全性の確認」と「厳重な監視体制の確保」を条件にヘドロ処理工事の早急の必要性を訴えている。

7  水俣病第二次訴訟・第三次訴訟の提起、判決に対する対応

(一)  「水俣病被害者の会」の会員は、昭和五二年七月一日の環境庁の「水俣病の判断条件」及び昭和五三年七月三日の「事務次官通知」後、水俣病第二次訴訟・第三次訴訟を提起した。日本共産党は、環境庁の「水俣病の判断条件」及び「事務次官通知」をもって政府による患者切捨政策であるとし、第二次訴訟・第三次訴訟の提起はこれに対決して患者救済の立場に立った水俣病像の確立を目指し、「水俣病の判断条件」及び「事務次官通知」を撤回させて患者救済の立場に立たせ、水俣病問題を解決する上で重要であるとし、これを支援してきた。

「告発する会」は第二次訴訟・第三次訴訟は「自主交渉闘争」を阻害するものとして把握し「第二次訴訟による幕引きを許すな」「変質した第二次訴訟」等と同訴訟の弁護団、日本共産党等の支援活動を批判し、「申請協」と「水俣病患者連盟」は第二次訴訟判決に対し「泥舟」等と非難し、また両者の「水俣病連合通信」は第二次訴訟判決について「低額補償導入を打砕け」と攻撃している。

被告(あるいは日本共産党)らは、「告発する会」の言動は水俣病患者の救済をめざす第二次訴訟の原告団、弁護団、「水俣病被害者の会」、日本共産党を攻撃することによって第二次訴訟の意義をゆがめ、第二次訴訟原告団ら水俣病被害者、支援者と国民の間を分断させ、客観的には現行認定制度を容認し、固定化することにつながったと再批判している。

(二)  昭和六〇年八月一六日の福岡高等裁判所の水俣病第二次訴訟控訴審判決は水俣病像を広くとらえ、環境庁の「水俣病の判断条件」と水俣病認定審査会等と異なる判断を示した。更に、昭和六二年三月三〇日の熊本地方裁判所の水俣病第三次訴訟第一陣判決は国、熊本県についても水俣病の発生・拡大につき責任があると判断した。

日本共産党はこれらの判決は環境庁の「水俣病の判断条件」と水俣病認定審査会が水俣病被害者の切捨ての道具になっていることを批判したものであり、またこれらの判決を機会に加害企業の責任と共に国、自治体の責任によるすべての被害者救済と水俣病問題全面解決をめざす全国の運動はますます前進しているとしている。

「告発する会」は機関紙等でこれらの判決に対し前示水俣病第二次訴訟・第三次訴訟の提起に対する対応と同旨の対応をしている。

8  「日本労働党」「左翼連合」

(一)  「日本労働党」の組織

「日本労働党」(「労働党」)の機関紙等によると、同党は昭和四九年一月、毛沢東思想を指導理念とし、日本共産党反対等を思想内容として、組織された政党の模様である。

(二)  「左翼連合」の結成

「労働党」は、その機関紙等によると、昭和五一年七月二七日の「反革命『日共』糾弾大演説会」の開催等の行動を積み重ね、昭和五三年三月の「左翼連合準備会」を経て、同年六月二五日「左翼連合」を成立させた模様である。原告は「左翼連合」結成の呼びかけ人になり、「左翼連合準備会」に出席して日本共産党を批判する演説をし〈証拠〉、「左翼連合」結成後は水俣病患者連盟委員長の肩書で全国幹事の一人となっている。

(三)  「労働党」「左翼連合」と原告の関わり

原告は、昭和五一年七月二七日の「労働党」による「反革命『日共』糾弾大演説会」において闘争報告者として日本共産党を攻撃し、「左翼連合」結成に応分の寄与をした他、「労働党」・「左翼連合」主催の各種の集会にかなり関与し、更に公職選挙において「労働党」候補を応援したりしている。「労働党」の機関紙「労働党新聞」は「議会で世の中が変わると幻想を煽っている日本共産党等野党のバケの皮をひきはがす」〈証拠〉と報じている。赤旗評論特集版記事2の「住民の利益を代表するかのように装って議席を得ましたが、そのバケの皮はいずれ自分でひきはがすことになるでしょう」との記載は、被告丸山が右労働党新聞の「日本共産党のバケの皮をひきはがす」の表現を借りて対応しているものである。

また、原告は「労働党」「左翼連合」と共に、昭和五三年一一月一九日「住民無視の反動行政と対決する全国住民闘争連帯総決起集会」に関与している。

9  三里塚と原告の関わり

原告は三里塚闘争に学ぶとして「三里塚・芝山連合空港反対同盟」の戸村一作に共感を示し、何度か三里塚闘争現場を訪れ、機関紙等に意見表明をしている。相思社の世話人柳田、水俣病患者連盟副委員長渡辺清は、組織の名において昭和四九年四月一七日の「三里塚鉄塔決戦集会」に参加して、激励の挨拶をしている。被告(あるいは日本共産党)らは三里塚闘争は暴力闘争であり、国民の支持を失っているとして攻撃している。

10  論争の展開、非難の応酬

(一)  原告は昭和五三年一月の水俣市議補欠選挙及び昭和五四年四月の水俣市議選挙に立候補して日本共産党攻撃を行った。

(二)  こうした一連の「告発する会」・原告らの日本共産党に対する攻撃に対し、被告丸山は昭和五四年六月号の日本共産党中央委員会理論政治誌「前衛」誌上で、水俣病被害者運動が、チッソや自民党の攻撃によって困難を強いられているということに加えて、「告発する会」原告グループらの策動によって全国の公害反対運動に例をみない混乱が生じている旨、原告が「暴力闘争路線」の「日本労働党」「左翼連合」と結びついて「暴力闘争路線」を水俣病運動に持込み水俣病患者救済運動に有害な役割を果たしている旨、更に原告が昭和五四年四月の水俣市議選挙に立候補したのも「日本労働党」の主張・路線と無関係ではない旨、初めて「原告を名指し」で批判し、本件各記事と同旨の論文を書いている。

(三)  これに対し、「告発する会」の機関紙である昭和五八年六月二五日付「水俣」第一〇三号は、「水俣病被害者の会」元会長隈本栄一の「支配ではなく支援を」と題する講演記録を登載し、日本共産党が「水俣病被害者の会」において水俣病患者の意向を軽んじて支援を余所に支配している旨、暗に、日本共産党を攻撃した。

(四)  これに対し、日本共産党水俣市委員会は昭和五八年八月一四日付「熊本民報」で「告発」の「反共・分裂策動を許すな」という声明を発表して、これに反論、攻撃した。

(五)  これに対し、昭和五八年一〇月五日付「水俣」第一〇六号は、「嘘とデマ宣伝が共産党の体質」「人民の血を最後の一滴まで吸い尽くさずにはやまないスターリニスト」との記事を登載して日本共産党を非難、攻撃した。

(六)  これに対し、被告(あるいは日本共産党)らは、「告発する会」及び「原告」もこれと一体の関係にあるとして、「『告発する会』及び『原告』グループ」の言動に対する反論、批判として、被告水俣市委員会は昭和五八年一一月二七日発行の「新水俣」紙上に「新水俣記事1」及び「新水俣記事2」を、被告中央委員会は昭和五八年三月一二日発行の赤旗評論特集版の紙上に「赤旗評論特集版記事1」「赤旗評論特集版記事2」「赤旗評論特集版記事3」を、被告中央委員会は昭和五八年六月一四日発行の赤旗紙上に「赤旗記事」を、即ち本件各記事を掲載報道した。

五  総合判断

右に認定した事実を総合すると、水俣病患者支援運動の中には原告・「告発する会」等に見られる「自主闘争路線」といわれる流れと、「水俣病被害者の会」を支援する日本共産党等に見られる「裁判闘争路線」といわれる、概ね二つの流れがあること、双方の間には、水俣病問題に対する認識、解決方向、方針、その手段、殊に「自主闘争路線」あるいは「裁判闘争路線」といわれる取組み方等に大きな差異があることが認められ、そこから水俣病問題をめぐる諸々の論点についても、互いに他者に対する膨大な不信、批判、非難、不毛の論争を生み出していること、本件各記事は長期間にわたる膨大な経緯、背景の中で互いに他者に対してなされた激しい論争、非難の応酬の一駒であること、そのことは本件各記事が登載された紙面の性質、記事の体裁、内容自体によっても読者殊に水俣病問題に関心を有する読者にとっては明らかであること、しかも右に見た互いに他者に対する膨大な不信、批判、非難、不毛の論争の応酬は既に長期間にわたり公然と行われてきたものであることが認められる。そうすると、そこに「原告」の名が「公然」と摘示されているからといって、原告の社会的評価、名誉殊に原告の水俣病問題についての言動の信用性、説得性をことさら毀損するものとは認められない。

また、右に認定した事実を総合すると、原告は水俣病患者連盟会長、相思社理事長、水俣市議会議員等の公的地位にあって、水俣病患者救済運動に止まらず、これとの関連において住民運動、社会運動等にも幅広い関心を示し、原告が支持、支援ないし共感する団体や運動体に関わりを持って、社会的、政治的発言、行動をしたり、また原告を支持、支援する団体や運動体からの支持、支援を受けていることが認められる。原告のこのような社会的、政治的言動ないし社会的、政治的有様は、自ずから、それらの団体や運動体と社会的、政治的立場を異にする者にとっては、いわば「対局にある者の言動ないし有様」として「機能」することは極めて明らかである。しかも、このような「機能」は原告の政治的、社会的言動ないし有様という客観的事実から発生するものであって、それらの団体や運動体の言動についての原告の意図、意思の有無、好悪、善悪、厳密な意味での法的責任の有無といった主観的事実とは無関係であると言える。したがって、原告は、それらの団体や運動体と社会的、政治的立場を異にする者側からの不信、批判、非難、論争の相手方、対象とされたとしても、それが互いに他者に対してなされた激しい論争、非難の応酬の一駒である以上、言論をもって応酬すべきであり、そのような手段をとらないのであれば、これを受忍すべき関係にあるというべきである。そうすると、「告発する会」「日本労働党」「左翼連合」等の本件各記事が指摘する団体や運動体の行動、意見表明、日本共産党に対する不信、批判、非難、論争が、被告(あるいは日本共産党)らの行動、意見表明等と相違していることは明らかであるから、それらが被告(あるいは日本共産党)らの対局にあるものとして、いわば「原告側の行動、意見表明等」として「機能」することになり、原告もそれらの団体や運動体と同様の不信、批判、非難、論争の相手方、対象とされたとしても、それが互いに他者に対してなされた激しい論争、非難の応酬の一駒である以上、言論をもって応酬すべきであり、そのような手段をとらないのであれば、これを受忍すべき関係にあるというべきである。仮に原告がそれらの団体や運動体の一時期、一局面に関わりを持っていたに過ぎない場合であっても前示の「機能」についての説示と同様の理由から、これと同一に解するのが相当である。また、原告が名誉を毀損すると主張する他の点について本件全証拠を仔細に検討しても、本件各記事が原告の名誉を毀損するとは認められない。

そして右の認定判断を覆すに足りる証拠はない。

六  結論

してみると、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宮良允通 裁判官 甲斐 誠 裁判官 松嶋敏明)

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